社長のプロフィール
社長のプロフィール
生年月日 昭和27年3月19日氏名 陶山義久 S45.3 卒業 島根県立横田高等学校S47.3 卒業 修成建設専門学校 (土木科)(大阪市)S49.3卒業 (株)中筋組 (土木課)S49.4 入社 (株)中筋組 (土木課)S51.3 退社 陶山建設S62.7 法人 (有)陶山建設 専務取締役H4.6 代表取締役となる (株)陶山建設 代表取締役 H12
となる株式会社 陶山建設
S36.3 建設業登録許可 (土木 1式)H4.12 宅地建物取引業H11.2 建築工事許可H12.9 (株)陶山建設に変更H15.4 特定建設業になる (土木部)H17.4 住宅事業部設立 (アイホーム) リフォーム・新築工事を受注する
H20.2市民ねこの手支援センター設立 (市民の困りごとの応援団)困りごとを受注する H20.4 太陽光発電システム施工・販売開始
S27年 雲南市木次町に生まれる

特に少年時代は貧しかった思い出ばかりですが、小学校の時に近所で乳牛の赤ちゃんが生まれ、その為牛乳が飲めなくて、お風呂に入れて牛乳風呂に入った事を覚えています。その頃は家業が農業をしていた為、牛・ヤギ・ニワトリなど、なんでも動物がいました。


ある日新しいお風呂(いわゆる五右衛門風呂)ができ、とてもうれしかった思い出があります。その頃の母は朝四時頃から草刈に出かけてそして私達を学校に行かせていたと思います。今では考えられません。当時まだテレビもまだまだ普及しておらず、近所にテレビがついたと聞いて、夜になるとプロレスリングを見に行き、日本人ジャイアント馬場が外国人のレスラーに勝つと大喜びでした。まもなく東京オリンピックで日本中が高度成長しつつテレビが普及した事を思い出します。

そのような貧乏の中で毎日を楽しく暮らしていたと思います。中学校に入って3年生の時、報道部部長を受けて放送や新聞などに力を注いだ事があります。それが今役に立っているのかもしれない、と思えます。中学校、高校の部活は剣道部でした。高校2年の時に団体戦で県大会ベスト四位の成績が最高でした。

島根県総体でベスト4に成ったときの写真です。自分でも非常に懐かしく思います。

高校3年間は、剣道が大好きで毎日毎日剣道で明け暮れていました。後に、中筋組に入社してから会社に剣道部を作りました。近くに社会人の剣道部がなく女子高のなぎなた部の練習相手もしていました。

建設業は私で2代目ですので、高校を出たのち手伝うはずでしたが、もう少し遊びたいと思い大阪の専門学校に行き2年間土木科で勉強して、そして今では島根県のゼネコンナンバーワンの(株)中筋組へ入社いたしました。


ここでの苦労と、かかわった人達との出会いで、私の人生は大きく変わったと思います。当時は高度成長時代で仕事は沢山あり、1人で現場を5〜6ヶ所くらい皆が持っていました。ほとんど残業で会社で泊り込みが多かったですね。


入社してすぐ、島根県の建設会社がまだ施工した実績のないトンネル工事を会社が受注し、その現場を私に責任者でやれと言われてびっくりしている暇もなく、1年がかりで何とか完成しました。その時の満足感は今でも忘れられません。その時の努力が今生きていると思います。4年後には父が病気になり、父の仕事を継ぐことになりました。


